レンヌ国立高等美術学校を修了後、パリのエコール・カモンドで建築とデザインを学ぶ。その後アジアに居を移し、特にアジアから影響を受けた創作を行う。日本に5年間滞在後、現在は香港在住。
彼の創作は、紙の上にインクで描かれたもので、着物や下駄、麻雀の牌、印刷機のインクローラーなど、いずれも、古く、歴史が刻みつけられたオブジェを採用しています。
独自の絵画的な言語を生み出しながら、次から次へと忘れ去られつつあるものを再び生まれ変わらせる。自身の絵画を通じて、彼の新たな感覚と、今この瞬間を探求している。彼の創作活動は、まさしく内面の探求そのものと言えるでしょう。
ボンジュールフランスは、展覧会を終えたばかりのルフーヴル氏にインタビューを行いました。
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日本に対して、深い称賛の念をお持ちのようですが、それについてお話いただけますか?
そうです、日本は私を根本から変えました。
単なる経験を超えて、私が日本で生活した5年間は、日本との愛のストーリーであり、2011年3月11日以降の期間は日本への想いがより一層深まりました。
ご存じのように、私は、日本とフランスが、芸術、地理、料理など多くの分野において似通っている、あるいはお互いに自身を見出していると考えています。
しかし、私がたちまち魅了されたのは、とりわけ、繊細さ、美的感覚、情の厚さ、洗練の探求、そして複雑な環境における簡素さといったものでした。実のところ、私は強い主張やメッセージ性のあるアーティストではありません。
むしろ、自分の内面にある、私を取り囲む精神的な写真を写し直そうとすることで、唯美主義、エゴイスティックに言えば、個人的なもの、あり得る限り完全なものを探求しているのです。すべてが平衡で正確であるかをよく考えて計算しています。唯一インプロヴィゼーション(即興)があるとすれば、それは道具とインクが紙の上で絶えず変化するような状況を生み出しうるアクシデントによるものでしょう。
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ご自身の創作は、日本の芸術や技術からどのような影響を受けたのでしょうか。
書道、お弁当に見出す秩序、日本の家屋の造り、電線、着物など、自分の創作姿勢に影響を与えたものはたくさんあります。仕事の仕方にはじまり、作品そのものに至るまで、さらに創作に使う道具の置き方にまで(まるで外科医がメスをトレイに置くように)影響を与えています。
ニコラ・ルフーヴルの公式サイトは こちらから。