バレエと聞くと、多くの人はパリの舞台、ピンクのチュチュを身にまとったバレリーナ、クラシック音楽、そしてフランス語で数えられるステップやリズム(「アン・ドゥ・トロワ」)を思い浮かべるのではないでしょうか。
それも無理はありません。フランスは、バレエの歴史と発展において非常に重要な役割を果たしてきました。現在も世界中で使われているバレエの言語、規範、そして美学を形作ったのがフランスなのです。
たとえば、プリエ、アラベスク、アントルシャ、パ・ド・ドゥといった用語は、バレエに詳しい方なら一度は耳にしたことがあるでしょう。
ここで、バレエの誕生についてよくある誤解をひとつ解いておきましょう。
バレエはフランスで生まれた芸術ではありません。起源はルネサンス期のイタリアで、「バレット(balletto)」と呼ばれる宮廷の舞踊として発展しました。これらの舞台は、音楽とダンスを融合させた華やかなものであると同時に、権力や威厳を示すための重要な役割も担っていました。
バレエがフランス宮廷に伝わったのは16世紀頃、カトリーヌ・ド・メディシスの影響によるものです。1581年には「王妃の喜劇バレエ(バレ・コミック・ド・ラ・レーヌ)」が上演され、物語性を持ち、構成や動きが体系化されたバレエが初めて披露されました。
17世紀に入ると、フランスにおけるバレエは大きく発展します。その中心人物が、「太陽王」として知られるルイ14世です。ダンスを深く愛した彼は、自ら舞台に立って主役を演じることもあり、バレエが持つ政治的・文化的な力を早くから理解していました。1661年には王立舞踊アカデミーを創設し、現在も受け継がれているクラシック・バレエの基本姿勢やステップを体系化します。さらに1669年にはパリ・オペラ座を創設しました。これは世界最古のバレエ学校として知られ、バレエ芸術はその後、世界各地へと広がっていきます。
その影響はたとえばロシアにも広がり、現在も感情豊かなバレエ表現で知られています。さらに日本でも、東京バレエ団は高く評価されています!

今年最初となる今回の記事は、今月開催したイベントからインスピレーションを得ました。
去る1月25日、才能あふれるバレリーナ・上野水香様とのコラボレーションによる交流会を『フィガロ・ジャポン』との共催する機会に恵まれました。
彼女の芸術性、そして語ってくださった情熱あふれるエピソードの数々が、このバレエの物語を皆さまにお届けしたいと思った大きな理由です。
上野水香様についてさらに詳しく知りたい方は、ぜひイベント専用ページをご覧ください。
最後に、バレエにまつわる小さなエピソードを2つご紹介しましょう。
1つ目は、ダンサーについてです。
バレエの初期には、踊り手のほとんどが男性でした。女性役も男性が演じ、メイクや衣装も女性用のものを身に着けていました。女性が舞台に立つようになるのは、17世紀の終わり頃からです。
女性ダンサーにとって、ポワント(トゥ・シューズ)は「軽やかさ」を表現するためのもので、まるで宙に浮いているかのように見せることが理想とされていました。『ジゼル』は、その象徴的な作品のひとつです。
2つ目のエピソードは…衣装についてです!
当時の舞台衣装のスカートは、ふくらはぎ、あるいは足首まである長いものでした。しかし時代とともに、足さばきやポワントの動きをより美しく見せるため、スカート丈は徐々に短くなっていきました。こうして、私たちが今日よく知る「チュチュ」が誕生したのです。






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